加速する製鉄業界のM&A、USスチールの買収が激化しているのはなぜなのか?

加速する製鉄業界のM&A、USスチールの買収が激化しているのはなぜなのか?
競合のクリフスが買収に意欲
アメリカのバイデン大統領が日本製鉄によるUSスチールの買収に”待った”をかけました。
これまで、アメリカ政府は安全保障上の脅威を盾として、中国企業の経済活動に対する介入することは度々ありました。しかし、同盟国である日本の企業に対して中止命令を出すのは異例。
その後、競合でアメリカの鉄鋼メーカーであるクリーブランド・クリフスのゴンカルベスCEOはUSスチールの買収に意欲を見せ、日本を非難する演説を行いました。
これほどまでに製鉄会社のM&Aが過熱しているのはなぜなのでしょうか。

桁違いの生産量を誇る世界トップの中国企業
USスチールは粗鋼生産ランキング24位に位置する会社。日本製鉄は4位、クリフスは25位です。
1位は中国宝武鋼鉄集団で2021年の生産量は1億2,000万トン。日本製鉄は4,900万トン。トップに立つ中国の会社は桁違いの生産能力を持っています。
そして、この中国の生産量の高さが、製鉄業界にとっての脅威になっています。USスチールのCEOはバイデン大統領の中止命令を受け、「中国共産党のリーダーたちは北京の路上で小躍りしていることだろう」とコメントしました。
USスチールのように歴史ある会社が、これほど皮肉を利かせて大統領を非難するのも稀。それほど中国に対して危機感を持っているということでもあります。
製鉄業界は中国の動向を正確に把握する必要があります。そして、それが日本製鉄によるUSスチールの買収を理解することにつながります。
1億トン以上の生産力が過剰に
中国の粗鋼生産量は2023年に10億2,000万トン。前年と変わっておらず、横ばいで推移しています。2024年も同等の生産量が見込まれています。
一方、第2位の日本の粗鋼生産量は8,700万トン、アメリカは8,700万トンほど。中国の粗鋼生産量は他国を軽く凌駕しており、比べ物にならないほど突出した生産力を持っています。
しかし、2024年の中国における鉄鋼の消費量は8億9,000万トンほど。前年を5,000万トンほど下回ると見られています。中国は不動産不況に見舞われており、住宅などの不動産開発が鈍化。都市開発に付随する道路などのインフラ工事も低迷しており、鉄の需要が失われてきたのです。
すなわちそれは、中国の生産能力が過剰になったことを意味します。そうなると、中国の安い鉄が世界中に輸出される可能性が高まります。
バイデン大統領は2024年4月に中国からの鉄鋼とアルミニウムにかけている関税を3倍に引き上げると主張しました。
日本製鉄の代表取締役副会長兼副社長の森高弘氏も、中国からの鉄鋼輸出が高まることに懸念を示し、日本政府に対して反ダンピング(不当廉売)関税措置を講じるよう働きかけを行ったことを明らかにしています。
すでにアメリカやヨーロッパ、韓国などは中国の鉄鋼に関税をかけており、鉄鋼業界は危機的な状況にあると言えるでしょう。

4,000億円の設備投資で生産性向上を狙う
日本政府が関税をかけることに対して焦りを感じていないのは、需給にギャップがあるため。日本は2022年に8,900万トンの粗鋼を生産していた一方、需要は5,500万トンほど。輸入によって鉄不足を補う必要はありません。
しかし、アメリカは違います。国内の需要が供給量を上回っており、自給率は7割程度。残り3割を輸入で賄っているのです。
日本製鉄はUSスチールを買収するに当たり、4,000億円の設備投資を行うと発表していました。USスチールは稼働していないものや開発中のものを含めると、高炉8基、電炉5基を保有しています。その設備に日本製鉄の技術力を注ぎ込むことで、生産力を引き上げることができると見ていたのです。
日本製鉄は更にアメリカ政府に対して生産量を削減しないことや、従業員の雇用を維持することなどを示していました。それはアメリカ国内に需給のギャップが生じており、USスチールの生産性向上に勝算があったからに他ありません。
ただし、全米鉄鋼労働組合(USW)がこの買収に反対。合理的な意見に乏しいものでしたが、最終的にバイデン大統領がUSWに配慮する形で中止命令を出しました。
中国からアメリカに商機を見出していた日本製鉄
実は中国に製鉄技術を伝えた立役者は日本製鉄。1億トンの粗鋼生産能力を持つ中国宝武鋼鉄集団の子会社・宝山鋼鉄にかつて技術協力しました。
これは日中国交正常化後の経済政策の目玉の一つとなったもの。1970年代に建設が始まり、1985年に完成した宝山製鉄所に日本製鉄が技術協力しました。操業指導のため、日本での中国人研修生の受け入れや、現地への日本人技術者派遣などを行ってきたのです。
後にこの会社は宝山鋼鉄股份有限公司となり、上海証券取引上に株式を上場するまでに成長しています。
しかし、2024年7月に日本製鉄が宝山鋼鉄との合弁事業を解消すると発表。生産能力を約7割減らすことで合意しました。
日系自動車メーカーが中国国内のEVメーカーに押され、苦戦が続いているため。日本製鉄は中国からアメリカに主戦場を切り替えようとしていたのです。
それが思わぬ形で阻止される結果となりました。
日本製鉄はバイデン大統領を訴えるという、前代未聞の行動に出ています。
製鉄業界は中国の過剰生産、不当廉売という危機的状況下にあります。大規模な再編がいつ起こってもおかしくない業界だと言えるでしょう。

執筆者 コンサルタント/ライター フジモト ヨシミチ
外食、小売り、ホテル業界を中心に取材を重ねてきた元経営情報誌記者。
現在は中小企業を中心としたコンサルティングと、ライターとして活動しています。
得意分野は企業分析とM&Aです。