セブン&アイ・ホールディングスに何が起こっている? 巨額買収の背景と行方
セブン&アイ・ホールディングスに何が起こっている? 巨額買収の背景と行方
カナダに本社を置くコンビニ大手から買収の打診
日本を代表する企業の一つであるセブン&アイ・ホールディングスが揺れています。
祖業であるイトーヨーカ堂やヨークベニマルなどを擁する中間持株会社ヨーク・ホールディングスの株式の過半を売却する方針を示しました。さらにセブン&アイ・ホールディングスの本体が、創業家の資産管理会社である伊藤興業が買収提案を受けたと発表。買収額は7~8兆円になるとも言われています。
2024年8月にアリマンタシォン・クシュタールが買収提案をしたことが明らかになってからの急展開には目を見張るものがあります。
巨大企業で一体、何が起こっているのでしょうか?
売上は急拡大するも利益率を失う結果に
セブン&アイの潮目が大きく変わったのは2021年。アメリカでのコンビニ店舗数が3位だったスピードウェイを買収したのです。取得価額は210億ドル。当時のレートでおよそ2兆円という巨額の買収でした。
この買収効果は凄まじく、連結後の2022年2月期の営業収益は前期の1.5倍となる8兆7497億円に急増。そして2023年3月期は更に1.3倍に拡大し、営業収益は11兆8113億円で過去最高を記録しました。
※決算資料より筆者作成
セブン&アイは小売業界の覇者だったイオンに後れを取っていましたが、この買収によって営業収益は小売業界初の10兆円を突破。いっきに引き離しました。
なお、イオンは2025年2月期に営業収益が10兆円を突破する見込みです。
しかし、上のグラフを見ると分かる通り、スピードウェイ買収後は営業利益率が低下しています。2021年2月期の営業利益率は6.4%で、2022年2月期は4.4%。2.0ポイント下がりました。
これはスピードウェイが直営店方式をとっていることが大いに関係しています。日本のコンビニ事業はFCが主体。加盟店オーナーが人件費などの運営費を負担しているため、本部の利益率は高いという特徴がありました。
セブン&アイはアメリカのコンビニ事業においても、FCが8割近くを占めていました。
全店直営店というスピードウェイは売上成長を促しましたが、利益を犠牲にするものでもあったのです。
アクティビストのバリューアクトと対立
株主価値の最大化を武器にして、セブン&アイと激しく対立したのがアクティビストのバリューアクトでした。
バリューアクトは2022年1月に経営陣に対して送った書簡を公開。当時、セブン&アイの傘下にあった百貨店大手のそごう・西武などの不振事業の分社化、売却を求めました。
セブン&アイは2006年にそごうなどを展開していたミレニアムリテイリングを2000億円で取得。経営不振からの立て直しに期待されていました。しかし、インターネット通販が主流となる中で、業績回復は遅れます。結局のところ、不採算店舗の縮小で何とか利益を出す状態になっていました。
そこにコロナ禍が直撃します。そごう・西武は2021年2月期に172億円もの赤字を出しました。セブン&アイは2023年9月に不動産ファンドのフォートレスに売却しています。
バリューアクトは更なる改革を求め祖業のイトーヨーカ堂の売却も迫ります。2024年2月期の国内コンビニ事業の営業利益率は27.2%。スーパーストア事業はわずか0.9%。収益性には圧倒的な差が生じていたうえ、明確な成長戦略が描けていませんでした。
経営陣はセブン&アイが食を中心としたグローバルリテールグループであり、その中核を担うスーパーストア事業は必要不可欠だとこれに反対します。
2023年5月の株主総会で、井阪隆一社長らの解任を迫るバリューアクトの株主提案は否決。セブン&アイの勝利でこの対立は終わりを迎えます。
寝耳に水のアリマンタシォン・クシュタールの買収提案
アクティビストとの対立に一区切りついたのも束の間、2024年8月18日にカナダのアリマンタシォン・クシュタールが買収提案していたという衝撃的な事実が明るみになります。
セブン&アイは社外取締役で構成する独立委員会を設置。評価額など提案内容の精査を始めました。当時の時価総額は5兆円近く。買収が成立すると、海外企業による日本企業の買収額としては最大となるもの。しかも小売の大手であり、このニュースは日本中を驚かせました。
アリマンタシォン・クシュタールは食品部門の拡充が優先課題であることを明言。セブン&アイの食分野での強みを生かし、アメリカを中心に連携を強化することが狙いであることなどが明らかになります。
これはアリマンタシォンがガソリンスタンドへの依存度が高く、中長期的に自動車業界はEV化が進んで燃料需要が縮小する懸念があることが背景の一つにありました。
セブン&アイは2024年9月6日に買収提案への回答書簡を公表。企業価値が著しく過小評価していると指摘しました。買収総額は6兆円規模と見られています。
これに対し、アリマンタシォンはTOBを排除しないことなど強気な姿勢を見せるようになりました。友好的買収から敵対的買収の色を帯びてきたのです。そして、買収額を引き上げる方針へと舵を切ります。
盤石だった国内コンビニ事業に異変
実はこのころ、セブン&アイの業績にも異変が起こっていました。2024年10月10日に通期見通しを引き下げたのです。2025年2月期の営業利益を従来予想よりも26.1%低い4030億円としました。
主要因は海外コンビニ事業で、タバコの販売不振が直撃。さらにインフレで割高なコンビニでの消費意慾が減退し、コストコやウォルマートなど割安な大型店での買い物需要が盛り上がりました。
そして2024年に入ってからは、国内コンビニ事業の客数も減退しはじめます。セブンイレブンは質の高い商品を割高な価格で提供するという特徴があります。しかし、日本でもインフレが進行したことにより、客足が遠のいたのです。
セブン&アイは10月4日にイトーヨーカ堂などのスーパー事業を売却すると報じられました。
中間持株会社を設立。イトーヨーカ堂やヨークベニマル、赤ちゃん本舗などを傘下に入れ、2025年に売却する方針を打ち出します。1次入札には投資ファンドのベインキャピタル、KKR、フォートレス、住友商事などが応札しました。
セブン&アイは組織再編によってコンビニ事業に集中することとなりました。
2024年11月20日に創業家が金融機関から8兆円の資金を調達し、セブン&アイに対してTOBを実施し、非上場化すると報じられました。
買収合戦は過熱しており、行く末には日本中が注目しています。
この一連の出来事は、(イトーヨーカ堂などの)従業員や組織、取引先などを守ろうと大義を掲げる日本型の経営陣と、企業価値(株主価値)にのみ重点を置く欧米型の経営陣の対立が際立った印象を受けます。
「会社は誰のものか」。その答えは法的には株主で間違いありません。しかし、日本では長い間、企業は「公器」としての役割が強く、「誰のものか」の答えには従業員や社会、顧客など様々な要素が入り混じっていました。
セブン&アイの一連の出来事は、いよいよ欧米型のビジネススタイルが日本にも浸透してきたことを示す、象徴的な出来事だと言えるでしょう。
執筆者 コンサルタント/ライター フジモト ヨシミチ
外食、小売り、ホテル業界を中心に取材を重ねてきた元経営情報誌記者。
現在は中小企業を中心としたコンサルティングと、ライターとして活動しています。
得意分野は企業分析とM&Aです。