M&Aで会社を売却した後の元オーナーはどんな生活が待っているのか?

M&Aで会社を売却した後の元オーナーはどんな生活が待っているのか?
事業承継M&A件数は高水準
跡継ぎ問題の解決を目的として、会社を売却するケースが増えました。2022年の事業承継M&Aの件数は749件、2023年は697件。高い水準で推移しています(レコフ「2023年12月の事業承継M&Aマーケット概況」)。
M&Aによって従業員や取引先、顧客を守ることができ、会社を存続させることができます。工場などの資産の有効活用や、販路を拡大することで、会社の更なる成長も見込めます。M&Aを行うことによるメリットは極めて大きいものです。
一方、売却した後の元オーナーがどのような生活を送っているのかは、あまり知られていません。今回はそこに焦点を当てて解説をします。

売却することで得られるオーナーの2つのメリットとは?
まず、M&Aによるオーナーのメリットは大きく2つあります。
○譲渡金の獲得
○個人保証からの解放
一般的に企業価値は会計士や税理士などの専門家が算出します。そこからM&A仲介会社の手数料や、税金などを引いた最終的な金額を譲渡金として獲得することになります。
純資産額や企業規模、業績、成長性など、様々な要素で企業価値が決まりますが、まとまった金額を手にできるメリットは大きいでしょう。また、個人保証からも解放されるため、精神的な負担も軽減されます。
売却によって、社会的な厳しい立場から解放され、金銭的・精神的にも自由になれる点が事業承継M&Aの利点となっています。
売却成立後の引き継ぎ内容
ただし、売却を終えてすぐに完全に自由になれるわけではありません。引継ぎ期間が発生するためです。
一般的に経営者の引継ぎ期間は、3ヶ月から半年、場合によって2年程度設けられます。この期間は契約内容に盛り込まれるため、M&Aの交渉時に確認をしてください。
代表の退任は従業員や取引先にとって一大事。事業活動への参加や取引関係を継続するため、関係者に丁寧に説明しなければなりません。引継ぎ期間は相談役、顧問、会長などの役職を与えられることが多く、対外的な安心感を与える役割も担っています。
代表が事業活動における重要な業務を担っていた場合、実務を継続することが求められることもあります。例えば、食品加工会社の代表がECで販路を拡大しようとしており、サイトの構築やEC化を進めるプロセスが仕上がっていなければ、それが完了するまでやり遂げるといった具合です。こうした内容は交渉の材料となるでしょう。
引継ぎ期間は報酬が支払われるのが一般的です。10万円から30万円程度がほとんどでしょう。
気を付けたいのが代表だったオーナーが退職金をもらえるかどうか。退職金を支給するかどうかは、交渉過程で買い手候補と話し合う必要があります。株式譲渡にかかる税率と、退職金にかかる税率は異なります。譲渡金と退職金の両方を受け取るケースもあります。

悠々自適な生活を選ぶ人ばかりではない
会社の売却後の生活として、選択肢は大きく2つあります。
○ビジネス・社会貢献の世界に身を置く
○悠々自適な生活を送る
どちらを選択するかは、本人の意志と意向が大きく関係します。
経営者は常に緊張感を強いられ、仕事に拘束されて生きてきた人がほとんどです。突然そこから解放され、自由になることに不安を感じる人が多いのは事実です。
旅行や趣味など、引退後の生活でやりたかったことが明確な人は悠々自適な生活で充実した時間を過ごすことができるでしょう。
一方、何もなくなることに不安を覚える人は、ビジネスや社会貢献への参加意欲が高まります。売却後、ビジネスの世界で生きる人は大きく3つの道があります。1つは売却した会社で引き続き仕事を継続すること。もう1つは譲渡金などをもとに新たな事業を立ち上げること。そして別の会社で働くことです。
ビジネスの世界に身を置くケースをもう少し詳しく見てみましょう。
様々な形で売却した会社に関与することは可能
売却後も会社に残ることは可能です。ただし、買い手側の意向を確認することが必要です。
スタートアップなどの成長著しい会社の場合、買い手側がアーンアウト条項を求めることもあります。アーンアウト条項とは、M&Aが成立した後の一定期間において、売上高や営業利益などの財務指標を目標とし、それをクリアすれば追加で対価が支払われるものです。
オーナーのモチベーションを高めることが目的であり、その期間中は目標達成に向けて最善の努力を傾けなければなりません。
投資ファンドに買収される場合は、2段階エグジットが採用されることもあります。
2段階エグジットでは、M&Aによってオーナーが持株の一部を譲渡(1段階目のエグジット)し、引き続き代表などとして会社の経営を行います。投資ファンドの支援を受けて業績を引き上げ、IPOを狙う(2段階目のエグジット)というものです。
オーナーはM&Aで譲渡金を得ることができるうえ、IPOで持株の評価が高まり、より大きな利益を得ることができます。2021年7月に上場した士業向けのサイト運営を行う株式会社アシロは2段階エグジットを行った会社として知られています。
投資ファンドのJ-STARが2016年に株式の一部を取得していました。
アーンアウトや2段階エグジットは、経営者に対して強烈なプレッシャーがかかるため、株式を売却した後も高い成長意欲が求められるでしょう。精神的な負担を軽減したい人にはおすすめできません。
売り手側の意向で残ることもあります。継続的に仕事がしたい、収入面で不安があるといったケースです。
顧問などとして残り、経営に関わります。買い手側は買収後も事業活動の安定化が望めるため、歓迎することもあるでしょう。
ただし、株式の売却後は立場や環境が異なることに注意してください。中小企業の場合、支配力の強いオーナーの一言で事業活動に大きな影響を与えることは少なくありません。その状況は売却によって大きく変化します。
役員などは売却後もそのまま継続することが大半ですが、代表時代のような関係は望めないかもしれません。
また、M&Aで企業風土が変化することもあります。これは買い手側が意図的に行うものです。新たな環境に馴染めないと感じることがあるかもしれません。

新たにビジネスを立ち上げる人も
これまでとはまったく異なるビジネスを行う人もいます。
飲食店など、参入障壁が低い事業を開始する人は比較的多く見かけます。規模を大きくするというよりも、小さなお店でかつての仲間と話し合う場を作りたいと考えるようです。
経営の知識を活かしてコンサルタントなどとして活躍する人もいます。初期投資が必要なく、個人事業でいつでも開始できるフリーコンサルタントは人気の業種です。若手経営者など、これから活躍する人にノウハウを伝授することに喜びを得ることができるでしょう。
元経営者や元事業家などのハイクラス人材を募集している会社もあります。50代以上の求人も多く、知識や経験が豊富であれば、需要はあるでしょう。そうした会社で新たな道を模索することもできます。
株式を譲渡した後の生活に不安を感じる人は少なくありません。それが事業承継M&Aを阻害している要因にもなっています。しかし、選択肢は様々で、何もすることがない状態になるわけではないのです。

執筆者 コンサルタント/ライター フジモト ヨシミチ
外食、小売り、ホテル業界を中心に取材を重ねてきた元経営情報誌記者。
現在は中小企業を中心としたコンサルティングと、ライターとして活動しています。
得意分野は企業分析とM&Aです。