リモートワーク推進と業績悪化で進む本社売却の動き
リクシルが本社面積9割削減を決定、ビル売却へ
2023年3月で本社ビルでの業務を原則終了
住宅設備大手のリクシルは、2022年8月に現在のWINGから住友不動産大崎ガーデンタワーへの本社を移転します。自社ビルであるWINGビルの土地・建物は売却。リクシルはグループ会社を含めて8,000人が在籍していますが、リモートワークを推進した結果、2021年11月末時点で出社しているのは1,000名程度となりました。現在の本社ビルでの業務は2023年3月までとなります。
新型コロナウイルス感染拡大は、仕事への向き合い方を大きく変えました。その筆頭がリモートワークの推進です。リクシル以外にも、KDDIやぐるなびなど、本社や拠点を縮小する動きは加速しました。
また、コロナによる業績の急悪化によって本社ビルの売却に至ったケースもあります。この記事は、主にコロナで本社ビルを売却した企業にスポットを当て、その背景を解説する内容です。
電通は本社ビルの売却益890億円を見込む
エイチ・アイ・エス、JTB、リクルートなど、2021年は名だたる企業が本社の売却を発表しました。その中でも人々を驚かせたのが広告代理店の最大手電通の本社ビル売却です。電通本社ビルの帳簿価額は1,770億円。売却額は非公開ですが、電通は890億円の売却益を見込んでいます。売却先は不動産会社ヒューリックが組成したSPC(特別目的会社)。電通は本社の移転は行わず、家賃を支払うことになります。ヒューリックは転売せずに当面は賃貸収入を得ると見られています。
電通が本社売却をした要因の一つが生産性の改善です。
電通は新型コロナウイルス感染拡大で旅行会社などからの広告費削減の影響を受け、2020年12月期の売上高が前期比12.7%減の4兆4,982億1,600万円となりました。2,042億8,900万円の純損失を計上しています。しかし、電通はコロナ前から博報堂に比べて経営効率が悪化していました。
なお、電通は決算短信で収益を売上高として扱っていますが、ここでは博報堂との比較を行うため、請求可能額の総額で記しています。
電通の2019年12月期の売上高は5兆1,468億200万円です。この時の総資産額は3兆7,957億2,900万円でした。
最大のライバル博報堂の2020年3月期の売上高は1兆4,662億4,900万円です。総資産は8,598億8,700万円でした。
電通は売上高において、博報堂を3.5倍上回っていることになります。ここで、総資産をどれだけ効率的に使っているかを見てみます。総資産回転率です。総資産回転率は売上高を総資産で除したもので、総資産をどれだけ効率的に活用して売上高を得ているのかを見る指標です。
【総資産回転率の比較(単位:百万円)】
電通:売上高5,146,802÷総資産3,795,729=1.4
博報堂:売上高1,466,249÷総資産859,887=1.7
博報堂の方が効率的に総資産を使っていることが分かります。総資産回転率を上げるためには、売上高を拡大するか、総資産を縮小するかが求められます。本社の売却は総資産の縮小です。電通は社員の個人事業主化も進めており、固定費の削減に努めています。
その効果はやがて、総資産回転率や総資産利益率という目に見える指標で測定できます。
運転資金の確保に奔走する大手旅行会社
コロナで甚大な被害を被った旅行会社。エイチ・アイ・エスは2021年7月に神谷町トラストタワーの4~5階のフロアを売却しました。売却額は325億円で、SMFLみらいパートナーズが譲受しました。このビルが完成したのは2020年3月。6月に本社を移転しました。わずか1年で売却したことになります。
エイチ・アイ・エスは2021年10月期第3四半期の売上高が前期比77.4%減の907億3,800万円となり、332億1,700万円の純損失(前年同期は166億7,300万円の純損失)を計上しました。自己資本比率は2021年7月末時点で14.4%です。
エイチ・アイ・エスは第三者割当増資と新株予約権の発行によって215億円を調達する計画で、大型の資金調達に加えて本社ビルの売却で運転資金を確保したことになります。
JTBも2021年8月に天王洲のビルを300億円で売却しました。JTBは2021年3月期の売上高が前期比71.1%減の3,721億1,200万円となり、1,051億5,900万円の純損失(前年同期は16億4,900万円の純利益)を計上しました。2021年3月末時点で自己資本比率は6.9%。わずか1年で17.4ポイントも低下しました。
JTBは2021年8月に日本政策投資銀行などに対して第三者割当増資を実施し、300億円の資本増強を行うと発表しています。
首都圏外への移転が過去最多のペース
本社を都市部から郊外に移転する傾向にも拍車がかかっています。
帝国データバンクの「首都圏・本社移転動向調査」によると、2021年1月から6月までで首都圏外へ本社を移転した企業数は186社。6月時点で150社を超えたのは過去10年で初めてです。
オンライン会議システムの活用や労務管理のクラウド化、契約書の電子化など、コロナは本社に出社する意義を突き付けました。企業は高い家賃を払って都市部に本社を構えるのが常識でした。それが崩れつつあるのです。内閣府の調査によると、東京圏に住む20代の若者の20.0%が地方移住への関心があると回答しています。コロナ前2019年12月の調査では11.3%でした。2倍近く増加しています。
パソナが本社を淡路島に移転すると発表しました。2021年6月の段階で契約書の作成管理、給与計算などの経理、人事総務などを淡路島で行っています。本社ビルを売却し、郊外や地方に本社を置く動きは今後も加速するかもしれません。
執筆者 コンサルタント/ライター フジモト ヨシミチ
外食、小売り、ホテル業界を中心に取材を重ねてきた元経営情報誌記者。
現在は中小企業を中心としたコンサルティングと、ライターとして活動しています。
得意分野は企業分析とM&Aです。