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不動産 2021.12.8 配信

コロナ禍で進む鉄道会社のホテル売却、明暗を分けた要因は何か?

大規模なホテル売却に動いた西武と近鉄

国内の鉄道大手西武ホールディングスと近鉄グループホールディングスが、保有するホテルの売却を次々と発表しました。新型コロナウイルス感染拡大の影響で鉄道の乗客数が減少したほか、百貨店の業績低迷、インバウンド・観光需要の消滅など、大部分の事業で収益性を失いました。ホテルの売却は資金調達とバランスシート健全化に向けた取り組みです。売却後も運営はそのまま引き継がれるケースが多く、もともと進んでいたホテルの所有と運営の分離が、コロナ禍によって後押しされた格好です。
藤田観光やひらまつなど、インバウンド需要が旺盛だったころにホテルの新規出店を重ねていた多くの企業が、宿泊事業の見直しを迫られています。その一方で出店攻勢に出たのが星野リゾート。2021年から2022年で国内に新たな8施設を開業する計画を立てました。新型コロナウイルス感染拡大はホテル事業の明暗を分けました。

※西武ホールディングスの資産売却計画(画像は「中期経営計画」より)

名門ホテル「ザ・プリンスパークタワー東京」も売却対象に


西武ホールディングスは2021年5月13日に発表した中期経営計画において、ホテルの保有と運営の一体化構造からアセットライトをテーマとしたビジネスモデルへの変革を打ち出しました。
「ザ・プリンスパークタワー東京」やその他のシティホテルなどを売却、流動化させて資金を調達し、物件の保有を不動産ファンドが担い、運営をプリンスホテルが行う体制への移行を計画したのです。西武グループは売却先として米ブラックストーン・グループやモルガンスタンレー系の不動産ファンド、シンガポールの政府系投資会社GICを選定し、交渉に入ったと報じられています。
西武グループは2021年3月期の売上高が前期比39.2%減の3,370億6,100万円となり、723億100万円という巨額の純損失(前年同期は46億7,000万円の純利益)を計上しました。これによって自己資本比率は2020年3月末の21.5%から17.6%へと低下。危険な水準である20%を大きく下回りました。
事業別でみるとホテル事業の損失額が534億1,300万円と大きく、業績を下押しする最大の要因となりました。この構図は2022年3月期に入っても大きく変わっていません。2022年3月期第2四半期の純損失は127億5,100万円でしたが、ホテル事業の損失額は153億100万円です。第2四半期の客室稼働率はシティホテルが11.0%、リゾートホテルが16.0%ほどと回復の見込みは立っていません。国内のプリンスホテル40施設のうち、売却対象は10ホテルとみられています。売却額は1,000億円前後です。

バランスシートの健全化を図る固定資産の売却


「ホテルを売却しても高額な賃料を支払うことになり、運営会社は長期的に見れば損をするのではないか」と思うかもしれません。しかし、西武ホールディングスは固定資産の売却によってバランスシートの健全化が図れるという最大のメリットがあります。この仕組みを詳しく説明します。
ホテルや土地などの不動産は貸借対照表の固定資産に分類されます。固定資産は1年以上使用することを目的に保有する資産のことです。基本的には設備投資などによって業績が伸びるに従い膨らむものですが、西武のように収益性が急悪化すると厄介です。ホテルは耐用年数が30年から40年ほどで、取得してから償却するまでの期間が長いことが特徴です。つまり、固定資産として長く居座り続けることになります。
巨額の損失を計上すると自己資本が著しく毀損し、場合によっては債務超過になります。債務超過は自己資本に厚みをつけることで解消できますが、固定資産が膨らんだままだと調達した資金を止血に回すことができません。それがなくなれば、また元の状態へと戻ってしまうためです。しかし、不動産を売却すれば固定資産が圧縮され、更に資金調達もできます。多くの場合は不動産取得に関わる借り入れ(固定負債)もなくなり、自己資本に厚みが出るのです。
財務状況が悪化した企業に対して、株主が遊休資産の売却を進言することがありますが、それは売却益が得られるだけでなく、バランスシートの健全化が図れて成長余力を取り戻せることが背景にあります。

名門「都ホテル 京都八条」を含む8ホテルを譲渡して204億円の売却益


近鉄グループホールディングスも西武と状況は同じです。ただし、近鉄は2021年3月にブラックストーンに売却することを早々と発表しました。売却したホテルは8つです。

〇都ホテル 京都八条
帳簿価格:144億300万円

〇ホテル近鉄ユニバーサル・シティ
帳簿価格:84億8,400万円

〇都ホテル 博多
帳簿価格:143億1,600万円

〇神戸北野ホテル
帳簿価格:9億8,600万円

〇都リゾート 志摩 ベイサイドテラス
帳簿価格:9億500万円

〇都リゾート 奥志摩 アクアフォレスト
帳簿価格:2億1,900万円

〇都ホテル 岐阜長良川
帳簿価格:18億3,700万円

〇都ホテル 尼崎
帳簿価格:11億5,200万円

近鉄グループホールディングスは2021年3月期の営業収益が前期比41.6%減の6,972億300万円となり、601億8,700万円の純損失(前年同期は205億6,100万円の純利益)を計上しました。この影響で2020年3月末時点で19.9%だった自己資本比率は16.4%まで低下しています。しかし、2022年3月期第3四半期においてホテルの売却益204億円が計上され、通期では340億円の純利益となる予想です。
近鉄のホテル売却が痛みを伴うものであったことは間違いありませんが、ホテルの運営はこれまで通り行うことができます。いよいよ感染者数の減少が顕著になり、旅行需要に光明が差し込んでいます。近鉄は需要回復までの資金を調達することができ、バランスシートの健全化を図ることができました。ホテルの売却は賢明な判断だったと考えられます。

国内外での開業を加速する星野リゾートの強さ


苦境に陥る企業が多かった中で、一足先に回復に向けた歩みを進めているのが星野リゾートです。2021年に2施設、2022年度に6施設の開業を予定しています。観光用のホテル「OMO」を北海道に2施設、京都府、大阪府、沖縄県にそれぞれ1施設開業し、温泉旅館「界」を北海道と大分県に1施設ずつ開業する計画です。
星野リゾートはホテル・旅館企業としては珍しく、自社物件の資産管理会社星野リゾート・リートを上場させています。星野リゾートは旅館の再生業で成長への足掛かりをつかんだ会社です。星野リゾートがホテルや旅館を再生して資産価値を上げ、それを星野リゾート・リートが買収。リートが資産の買収原資として市場から資金を調達するという流れができたのです。星野リゾートは資産価値向上に事業を集中でき、売却先を探したり、資金調達に足を取られることがありません。
2020年10月には「星野リゾート観光活性化ファンド」を立ち上げ、新型コロナウイルス感染拡大によって収益性が悪化したホテル・旅館の事業継続をサポートする取り組みを開始しました。このファンドにより、再生が必要なホテル・旅館の買収がしやすい状態を作ったのです。星野リゾートはこれまで以上に再生事業に注力できる体制を整えました。

※画像は星野リゾート・リート「決算説明資料」より

さて、星野リゾートが運営する主力施設「界」は、2021年3月のRevPAR(販売可能客室数あたりの客室売上)が2019年の同月を大幅に上回りました。星野リゾートはコロナの感染拡大防止と地域経済を両立する観光として「マイクロツーリズム」というテーマを立ち上げ、集客へと繋げました。
マイクロツーリズムは地域再発見に向けた取り組みで、移動時間が1時間から2時間圏内の旅行を想定しています。コロナで影響を受けた地方の生産者や作り手などと連携した企画を立ち上げています。観光客と一緒にねぶたを制作したり、益子焼の作家と共同して近隣ホテル内に展示ブースを設けるといったイベントを実施しています。
マイクロツーリズムは「旅行をしたいけれども、遠出は控えたい」という消費者心理を絶妙にとらえたもので、目覚ましい成果を出しました。
コロナ前のホテル経営においては、立地のみを重視する考え方が一般的でした。新型コロナウイルス感染拡大以降は、ホテルが積極的に情報を発信し、潜在的なニーズをつかんで集客に繋げる取り組みが必要とされているのかもしれません。

執筆者 コンサルタント/ライター フジモト ヨシミチ

外食、小売り、ホテル業界を中心に取材を重ねてきた元経営情報誌記者。
現在は中小企業を中心としたコンサルティングと、ライターとして活動しています。
得意分野は企業分析とM&Aです。