乳製品事業の事業課題と最新のM&Aニュースを紹介
乳製品事業の事業課題と最新のM&Aニュースを紹介
乳製品のスマッシュヒットを記録したヤクルト1000
停滞気味だったヤクルトの業績が急回復しています。
2023年3月期の売上高は前期比15.9%増の4,810億円を予想しています。営業利益は同20.3%増の640億円。大幅な増収増益に貢献しているのが、2021年4月から全国販売を開始したヤクルト1000です。1日に100万本以上が売れ、ヤクルトは品薄解消を目的に2022年9月に生産体制を増強したうえ、千葉県に新工場を建設する計画を立てました。
乳製品は人々の健康志向にマッチして、ヒットするポテンシャルを持っていることが改めて示されました。乳製品向けの生乳の生産量は増加傾向にあり、注目の業界でもあります。その一方で、業界特有の課題も抱えています。
この記事では、乳製品業界の特徴や課題、M&Aの最新情報を紹介します。
営業利益率はコロナ前から2ポイントアップ
ヤクルトの売上高は、会社のオフィスなどを巡回する販売員のセールスが大きく貢献していました。新型コロナウイルス感染拡大が起こると、営業活動が制限されます。そのため、ヤクルトの2021年3月期の売上高は前期比5.0%減の3,857億円に縮小しました。
ヤクルトは2018年3月期から売上高の伸び悩みが鮮明になっており、コロナ禍でそれが一層顕著なものとなりました。
※決算短信より
業績推移を見ると、ヤクルト1000の登場が会社の成長を促進する起爆剤になっていることがよくわかります。
2023年3月期は予想通りに着地をすると、営業利益率がコロナ前(2019年3月期)と比較して2.0ポイント改善する見込みです。異例のヒット商品だと言えるでしょう。
ヤクルト1000は、ヤクルト市場最高密度となる1ml当たり10億個という乳酸菌シロタ株を含んだドリンク。ストレスの緩和や睡眠の質が向上するとの打ち出しで販売を開始しました。
ヒットの要因は3つあります。1つ目はヤクルト1000のストレス緩和能力(機能性)が高かったこと。2つ目はコロナ禍で生活習慣が激変していたこと。3つ目は人々のSNS接触頻度が高まって口コミマーケティングが有効だったことです。
ヤクルト1000は、販売前に臨床実験を繰り返してストレス緩和機能があることを実証していました。単なるセールストークではなく、緻密な商品開発の過程を経て誕生しています。
ちょうどコロナ禍で人々の生活は激変し、ストレスや睡眠不足を抱えている人が多いタイミングでした。ヤクルト1000の機能性を潜在的に欲している人が溢れていたのです。
更に自宅待機でWebやSNS接触頻度や時間が増え、口コミが拡散されやすい土壌が整っていました。ヤクルト1000を飲んだ人は、本当にストレスが解消されるとの口コミを次々とSNSに投稿。評判が評判を呼んで大ヒット商品になりました。
ヤクルト1000と似た商品に明治ホールディングスのR1があります。2009年に発売して以来、人気が衰える兆しがありません。R1も健康を促進するドリンクとして認知されています。
乳製品は国民からの根強い支持を得ています。
乳製品を扱う中小企業の7割は価格交渉力に欠ける
乳製品の需要は旺盛で、中小企業においても8割以上の企業が商品開発に取り組んでいます。他社や別の団体などと共同で取り組む会社も多く、ヒット商品を生み出すことに余念がありません。
ただし、価格競争力が弱いという現実があります。東京商工リサーチの「乳業メーカーの経営実態に係る調査」によると、「自社の希望通りの価格で販売できる時とそうでない時がある」と回答した企業は7割。「概ね自社の希望通りの価格で販売できている」としたのは25.0%に留まりました。
規模の大きなスーパーマーケットや小売店が、強い交渉力を持っていることがわかります。
乳製品を扱う中小企業の一番の課題は、この価格交渉力の弱さです。開発や設備投資に資金を投じ、商品を開発しても期待通りの価格で卸すことができません。しかも、燃料費や光熱費の高騰により、製造原価や輸送費は上がっています。
今のところ商品開発に向けた取り組みが後退している兆しはありませんが、薄利多売が続けば商品開発にかける予算を失います。
インターネットにECサイトを構築し、D2Cで直接消費者に販売するチャネルを開拓する方法は確かにあります。しかし、サイトの構築や運用、受発注管理、商品の発送にかかる手間を考慮して手を出さない企業がほとんど。大々的な広告を出稿しない限り、ECの運用で大規模なビジネスを構築することもできません。簡単そうに見えて難易度が高い方法です。
結局のところ、小売店やスーパーマーケット以外の販売チャネルを開拓しづらいのが現実です。
乳製品を扱う会社の主なM&Aは?
事業課題を解決する手段の一つがM&Aです。ヤクルトや明治ホールディングスの成功から、大手企業を中心に乳製品を扱う会社の引き合いは強く、注目の業界の一つ。資本力の強い企業が持つネットワークを活かして海外展開への足掛かりをつかめるかもしれません。
商品開発には意欲的なものの価格交渉力が弱く、利益率を高めることができない。学校給食やスーパーマーケットなど、一部の取引先に依存している。後継者が見つからずに廃業を考えている。そのような会社はM&Aを検討すると課題が解決するかもしれません。
【乳製品の主なM&A】
〇三井物産の東京デーリーの買収
2022年9月、三井物産は、森永乳業の子会社でナチュラルチーズの輸入や加工を行う東京デーリーの全株を取得しました。総合商社の三井物産は、エネルギーや金属資源で知られていますが、食料分野でも世界中にネットワークを築いています。
コンビニエンスストアやスーパーマーケット、ECまであらゆる販売チャネルを有しており、東京デーリーにとっては望むべき相手とも言えます。
〇カクヤスグループの明和物産子会社化
酒類の販売を行うカクヤスグループは、2021年2月に明和物産を買収しました。明和物産は乳製品を中心とした宅配事業を行っています。カクヤスはきめ細やかな宅配サービスを行うことで知られる会社。明和物産を買収することにより、顧客基盤を拡大できるほか、顧客へのサービスの質を高めることができます。
執筆者 コンサルタント/ライター フジモト ヨシミチ
外食、小売り、ホテル業界を中心に取材を重ねてきた元経営情報誌記者。
現在は中小企業を中心としたコンサルティングと、ライターとして活動しています。
得意分野は企業分析とM&Aです。