【旅行需要回復間近】旅行会社はM&Aが活発化して業界再編が進むか?
【旅行需要回復間近】旅行会社はM&Aが活発化して業界再編が進むか?
日本政府は2022年6月10日から添乗員付きパッケージツアーによる外国人観光客の受け入れを開始しました。マスク着用を義務付けることや、密を避けて感染拡大防止にツアーの行程を配慮するなど、一部制限はあるものの、飲食店や宿泊施設、交通機関などはその恩恵が受けられるでしょう。
日本で初めての緊急事態宣言が発令された2020年3月から2年3カ月が経過。外国人観光客の受け入れは、コロナ前の日常を取り戻すターニングポイントの1つです。しかし、中小を中心とした旅行会社は持ちこたえる体力を失い、廃業の道を選ぶ会社も出てきました。
国内旅行は2019年比で5割の水準まで回復
観光庁の「主要旅行業者の旅行取扱状況」によると、2022年4月の国内旅行の取扱額は1,049億6,800万円となり、2019年同月比で46.5%となりました。2021年4月の取扱額は571億6,200万円で25.2%と3割以下の水準に留まっていました。国内旅行はすでに5割の水準まで回復し、少しずつ盛り上がりを見せています。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2020年の国内宿泊旅行者の数は16,070人と2019年比でおよそ半減。日帰り旅行者も13,271人で5割以上減少しました。2021年はそこから更に数を減らしていました。
※観光庁「令和4年版観光白書について」より
2022年に入って国内の観光業が回復傾向にあることは、全国で旅館を経営する星野リゾートが運営する施設の客室稼働率を見ると明らかです。
2021年5月は「界 箱根」「界 鬼怒川」「界 川治」「リゾナーレ 熱海」のすべての客室稼働率が60%を下回っていましたが、2022年4月にはすべての施設において70%を上回っています。
※星野リゾート・リート「運営実績データ」より
星野リゾートは新型コロナウイルス感染拡大が深刻化し、巣ごもりが日常となった段階で「マイクロツーリズム」を提唱していました。「マイクロツーリズム」とは自宅から1~2時間の距離で行ける範囲の旅行を指し、近場にありながら知らなかった特産物、名産品、工芸品などに触れることで、新たな発見と非日常体験をするものです。
星野リゾートは運営する施設において、地元の農家や工芸家などとコラボレーションする企画を立て、集客につなげていました。旅行需要が本格的に回復する前に、消費者のニーズを見つけて育て、新たなビジネスとして提案する姿は、旅行ビジネスをけん引する星野リゾートらしい取り組みです。
今後の需要回復に期待をかけているのがインバウンド。需要回復予測として、2024年に70%、2025年の大阪万博で100%回復するという青写真を描いています。
債務超過に陥ったKNT-CTホールディングス
旅行会社にも光が見え始めてきました。エイチ・アイ・エスの2021年12月の国内旅行取扱高は2019年同月比で100%を回復したのです。2022年4月は48.0%まで戻りました。
ただし、金額が大きい海外旅行はまるで回復していません。2021年12月は2019年同月比でわずか2.3%。まん延防止等重点措置が全国で解除された2022年4月でも4.2%までしか戻っていません。
中核となる事業の回復が遅れているため、業績面では不調が続いています。
エイチ・アイ・エスの2022年10月期第2四半期の営業損失は281億3,000万円。前年同期間の316億6,900万円から損失幅を縮めているものの、本格回復からはほど遠い状況です。
エイチ・アイ・エスは2022年4月末時点での自己資本比率が5.8%となりました。巨額の赤字を出し続けているエイチ・アイ・エスは需要の回復を待つ余裕がありません。資本性のある資金調達や資産の売却を継続する必要があります。
近畿日本ツーリストとクラブツーリズムが経営統合して誕生したKNT-CTホールディングスも厳しいのは同じ。2022年3月期は36億8,600万円の営業赤字となりました。営業赤字額を2021年3月期の270億8,200万円から大幅に縮小できたのは、個人旅行店舗を40か所、団体旅行支店を18か所、旅行センターを9か所を閉鎖したほか、本社事務所を縮小したためです。
コロナを機に徹底的な費用削減を行いました。
KNT-CTホールディングスは2021年3月期に284億5,600万円もの純損失を計上し、96億5,400万円の債務超過に陥りました。最大の経営危機を迎えましたが、2021年6月に近鉄グループホールディングスを割当先とした第三者割当増資を実施。優先株を割り当てて債務超過を脱しています。
中小の旅行会社は体力勝負に
エイチ・アイ・エスやKNT-CTホールディングスのような超大手企業は、増資による資金調達をしやすい土壌があるため、急速な商環境の変化にも対応できます。しかし、中小の旅行会社は厳しい状況下に置かれています。
東京商工リサーチは、2021年の旅行業の倒産件数が31件だと発表しました。2年連続で前年を上回り、30件台に乗せたのは2014年以来7年ぶりです。
※東京商工リサーチ「2021年の「旅行業」倒産は31件、7年ぶりに30件超」より
新型コロナウイルス関連倒産が8割を占めており、深刻な被害を与えています。
2020年6月に関西の中堅旅行会社のホワイト・ベアーファミリーが大阪地方裁判所に民事再生の申し立てを行い、星野リゾートがスポンサーに就任しました。ホワイト・ベアーファミリーは民事再生手続きを機に「ReBORN」と銘打つプロジェクトを開始。大手資本のもとで心機一転を図っています。
コロナ危機を脱し、旅行業界は回復の兆しが見えてきました。今後は旅行会社のM&Aが活発化する可能性があります。
商環境が激変したことにより、旅行代理店の経営者から廃業を視野に入れているとの声も聞こえてきます。もともと後継ぎ候補が見つからずに事業承継問題で悩んでおり、コロナでキャッシュフローが悪化したため、将来を悲観してしまうのです。
地域に根付いた旅行代理店の場合、学校や企業、公共団体などの固定客を持ち、コロナ前は安定的な経営を続けていた会社が多くあります。需要回復とともに財務状況は改善する可能性は高く、会社の買い手が見つかる可能性があります。
エボラブルアジア(現:エアトリ)は2019年6月にハワイ旅行専門のセブンフォーセブンエンタープライズを買収しています。セブンフォーセブンエンタープライズは買収時に7億円の営業損失を計上していました。エボラブルアジアは韓国や台湾旅行に強みを持っていましたが、買収によってハワイツアーの需要を取り込むことができました。
買収を望む企業は旅行エリアの拡大や固定客の獲得、事業の多角化など、様々な意図を持っています。廃業を考える前にM&Aを検討してください。
執筆者 コンサルタント/ライター フジモト ヨシミチ
外食、小売り、ホテル業界を中心に取材を重ねてきた元経営情報誌記者。
現在は中小企業を中心としたコンサルティングと、ライターとして活動しています。
得意分野は企業分析とM&Aです。