M&Aを行う前に知っておきたい ~M&Aの情報共有は「いつ、誰に、どこまで」~
~M&Aの情報共有は「いつ、誰に、どこまで」~
はじめに
「会社を売却しよう」と決意した経営者は、最初に誰へ相談すべきでしょうか。
役員全員に打ち明けるべきか、各部署の幹部に意見を求めるべきか。あるいは、自身の進退にも直結する重大な決断である以上、家族に真っ先に相談すべきか――。
多くの経営者が、ついそんなふうに考えてしまいます。
これでは、M&A仲介業者に相談に行き、買い手が見つかる頃には、自社がM&Aを検討していることを誰もが知っている状態となってしまいます。
M&Aの交渉のプロセスにおいて、「情報共有」は売り手企業にとってデリケートかつ重要な課題の一つなのです。
いつ、誰に、どこまで話すべきか。
ここをしっかり押さえておかないと、思わぬリスクに直面し、最悪の場合、M&Aの破談や損害賠償責任を負わされる場合もあります。
本記事では、M&Aを検討している売り手企業の情報共有に関する基本的な考え方から、過剰共有が招くリスク、そして段階的な情報開示戦略までを解説します。
M&Aの成功は、適切な情報管理から始まります。
ぜひ本記事を参考に、M&Aにおける情報共有のポイントをしっかりと押さえてください。
1.M&Aを行う前に知っておきたい「適切な情報共有」とは?
M&Aの検討を考える経営者がまず直面するのが「本当にM&Aを進めるべきなのか」「会社を売却することを従業員に知られたら辞めてしまわないか」「統合後、従業員たちは新体制にうまくなじめるのか?」という不安です。
一人で判断する不安から、つい「誰かに相談したい」「情報を共有してアドバイスを得たい」という気持ちが先行しがちですが、M&Aにおける情報共有は、その性質上、非常に慎重に、適切に行う必要があります。
ここでいう「適切な情報共有」とは、「必要な情報を、必要な相手に、必要なタイミングで、必要な範囲で開示すること」を指します。
情報を共有した相手とは秘密保持契約(NDA)を結び、誰が何を知ってよいのかの線引きを行うことです。この線引きがないと、善意の相談が噂になり、取り返しがつかなくなります。口頭の話も記録に残し、「いつ・誰に・どこまで」伝えたかをメモにしておくと、のちのトラブルを避けやすくなります。
情報共有者は買い手に開示する必要がありますから、しっかりと管理しておく必要があります。
1-1.M&Aにおける「適切な情報共有」が必要な理由
M&Aにおいて「適切な情報共有」が重要な理由は主に以下の3点に集約されます。
<M&Aの成功率向上>
必要な情報を正確にタイミングよく伝えるほど、企業価値は守られ、交渉は有利に進みます。無責任な噂が広がり、情報が雑に出回ると、情報管理能力が疑われ、さらに疑いが疑いを呼べば交渉の条件が厳しくなりがちです。
買い手が売り手の情報管理能力を含めた企業価値を正確に評価することで、スムーズな交渉の合意につながります。
<企業価値の維持>
早期の段階で従業員や取引先にM&Aに関する情報が漏れてしまった場合、動揺が広がり従業員や取引先の間で悪い憶測が飛び交い、離反を引き起こせば、それが原因で経営不振になる場合すらあるのです。
また、最悪のケースではM&Aを知った従業員が、団体での退職を武器として待遇アップを要求してくるケース、それが利益の圧迫を招く場合もあります。
M&Aが完了するまでは、経営力は維持しておく必要があります。
<株式の集約の際のリスク回避>
M&Aを行うに当たり、仲介業者から「株式の集約」を勧められることがよくあります。
もし、M&A検討の情報が洩れていた場合、少数株主から株の買い取り価格について足元を見られて高額を要求される場合があります。
※「株式の集約」とは、一般的に、複数の株主に分散している株式を、特定の株主にまとめることを指します。特に中小企業のM&Aでよく行われます。
株式の集約により、M&Aの交渉の際に交渉が複雑になり意見の分散することを防ぐことができます。
1-2.不安に打ち勝つためには
M&Aについて社内での共有範囲は、段階を追って共有範囲を広げるにしても初期段階では経営陣の中でもごく一部の限られた人物に留めるようにします。
たった一人での決断がどれほど不安だとしても、あちらこちらに相談することによる情報漏洩リスクは会社の未来をもつぶしかねないのです。
そのためには信頼のおける専門家、つまり、仲介業者のコンサルタント、顧問弁護士や会計士(税理士)などの仕業です。
M&Aの専門知識と経験を持つ仕業やM&A仲介コンサルタントであれば、会社の状況をしっかり把握した上で、感情に左右されることなく最適なアドバイスを提供してくれます。
2.売り手企業が陥りやすい「過剰情報共有」になってしまう理由
M&Aを検討する売り手企業の経営者が、陥りやすい落とし穴の一つが「過剰情報共有」です。
M&Aのような大きな決断を一人で行うことの不安から、つい誰かに相談したくなってしまいます。
しかし、その相談相手から適切な意見が得られなければ、別の人に相談します。
さらには、この人に相談するならあの人も、となってしまいがちです。
特に注意すべき相手
M&Aに関する情報を共有する際に相手によっては特に注意が必要です。
社内(一部の役員・従業員以外):
M&Aの初期段階では、経営陣の中でもごく一部のキーパーソンに限定し、それ以外の従業員には、M&Aの発表まで伏せておくのが大原則です。
退任した社長や役員についても同様です。
取引先:
主要な取引先であっても、M&A検討の事実を伝えることは、不安を招き、関係性に影響を与える可能性があります。基本的にはクロージングが完了し、発表する段階まで知らせる必要はありません。
家族・友人・知人:
善意でアドバイスをくれるかもしれませんが、M&Aに関する情報は極めて機密性が高く、意図せずとも情報が漏洩するリスクがあります。
さらに、一人に話せばそこから噂話として周囲に広がってしまう可能性もあります。
特に、共通の知人や取引先がいる場合は、そのリスクはさらに高まります。
M&Aの知識のない専門家:
守秘義務契約を交わしていない専門家、M&Aの専門知識がない仕業などは、M&Aに関する意識や視点が異なる場合がありますので注意が必要です。
一例として、顧問契約をしている仕業がM&Aについて専門的知識をあまり持ち合わせていない場合、M&A後の自信との顧問契約の継続の可否を心配するあまりM&Aに懐疑的な意見を述べることもあります。
3.段階的な情報共有範囲の展開
感情や立場を優先して多方面へ情報共有した結果、不正確な情報に基づいた噂が混乱を招き、交渉リスクを高めてしまうことが多々あります。
M&Aは段階的かつ限定的に情報を開示し、情報を共有するタイミングを誤らないことが非常に重要です。
3-1.M&Aの情報共有に悩んだ会社社長A氏の事例
会社社長であるA氏は後継者問題で会社売却(株式譲渡)を考え、M&A仲介会社に相談しました。
仲介会社からは「情報は、まだごく少人数にだけ」と言われましたが、A氏は不安で、取締役、退任した創業者、家族、少数株主、顧問税理士、さらには家族や仲のいい友人などに相談しました。
秘密保持契約(NDA)を結ばずに話した人もいました。
その結果、社内で「会社が売られるのでは?」という噂さが広がり、取引先にも伝わりました。少数株主は「買い取り金額を上げてほしい」と強気になり、買い手候補は「情報管理はどうなっているのか」と不安になりました。
原因はシンプルです。A氏は「退任した役員には礼儀として先に知らせるべき」「役職が同じ人には平等に知らせるべき」「自分が社長退任するなら、家族には知らせないと」と感じ、感情と立場で判断してしまいました。
A氏はやっと、一度広がった共有範囲は元に戻せないこと、それにより交渉が破断になる可能性があることに気づきました。
3-2.感情や立場に左右されず、段階的に
M&Aを進める際には、「情報共有の範囲を一度に広げないこと」が重要であることは理解したものの、そうは言っても、話さないわけには行かない相手もいる、と言う場合もあるでしょう。
その場合は、感情や立場でつい情報を開示してしまう事なく、必要に応じて段階的に共有することをお勧めします。
初期検討フェーズ:
検討中の段階では、共有範囲は経営者と大株主に限定します。
この段階で相談が必要な場合は、M&Aの実務に慣れた専門家、つまりM&A仲介会社、顧問弁護士、公認会計士・税理士などです。必ず秘密保持契約(NDA)を結びます。
この段階では、一般の従業員、退任した役員、主要取引先、家族や友人への相談は避けます。悪気がなくても、噂はすぐに広がります。守秘義務がない相手への相談は、とくに危険です。また、M&Aに不慣れな専門家に広く意見を求めることも控えます。
資料作成・企業概要書(IM)作成フェーズ:
会社の概要書や各種資料作成のために、法務・財務・労務・不動産などの資料作成に必要な仕業や関係各所のキーパーソンに情報共有を行いますが、ここでも極力限定的な開示に留めます。
基本合意(LOI)・デューデリジェンス:
基本合意後に行われるデューデリジェンスではより詳細調査が始まります。このタイミングで担当部署は詳細資料作成を行う必要があり、キーパーソンのヒアリングを受けることもありますから、情報を知るメンバーが少しずつ増えますが、それでもまだ従業員全体に周知するのは早い段階です。
その場合でも、「いつ・誰が・何の」情報を得たのかを記録しておくことが重要です。
クロージング後:
最終合意契約が実行され、クロージングが完了した段階で初めて従業員や関係各所への情報開示が行われます。
ただし、メインバンク、重要取引先、重要な株主などには、発表直前の説明が必要な場合もあります。
「正式発表のタイミング」を見誤らないことが、混乱を避ける最大のポイントとなります。
3-3.例外的な逆パターン
大手企業では、不採算部門の売却などの場合に事業部責任者だけでM&Aを進め、買い手から意向書が出た段階で初めて取締役会に公表。最後に社長が決裁する、という逆パターンもあります。
4.機密情報はどこから漏れるのか?
先に述べたように、M&Aを検討している事実を共有する範囲を限定的にしなくてはならないのですが、それでも情報が漏れてしまう場合があります。
情報が漏れることは単に自社の従業員の動揺を招くのみならず、買い手企業にも多大なる迷惑をかける場合があります。上場会社の場合インサイダー取引規制に関係する場合もあるので、情報は厳重に管理します。
少しの油断で情報が漏洩することがありますので、事前に対策を立てておくことが必要です。
4-1.うっかりミス
①M&Aに関するメールを社員や取引先に誤送信
【対策】メールの件名は「M&A」「株式譲渡」などのワードは避け、決まった案件番号などを決めておく。添付ファイルはパスワード付PDF/Google Driveなどにより特定ユーザーのみのリンク共有などにする。
②M&Aに関する電話を社員に聞かれた
【対策】オフィル内でM&Aに関する電話をしない。
③M&A関連資料の原本をコピー機に置きっぱなし
【対策】極力紙の資料は使用しない。不要書類はすぐにシュレッダーにかける。プリンターの個人ロック機能があれば使用する。
④M&Aに関する資料や契約書をついデスクの上に置きっぱなしにしてしまった
【対策】極力紙の資料は使わない。
4-2.トップ面談やデューデリジェンスにおいて
①お茶出し
売り手会社の会議室で行われたトップ面談の際に、お茶出しをしにきた従業員に話を聞かれてしまった。
【対策】面談は、可能であれば、仲介会社または買い手会社で実施する。
売り手会社で行う場合、基本的には従業員によるお茶出しなどはせず、ペットボトルを事前設置、ホワイトボードの消し忘れに注意する。
②施設視察
買い手による施設視察の際に多人数で施設全体を案内する姿を従業員に見られ、あらぬ憶測を呼んでしまう。
【対策】施設視察をする場合は、できるだけ休日や従業員のいない時間帯に行うか、めだたないようにできるだけ少人数で行う
③買い手側の社用車・服装
例えば、製造業の場合、買い手側が社名ロゴ入り社用車や作業着で面談に来てしまう、あるいは、普段スーツ着用する人がいない業界において、パリッとスーツを着用して面談に来てしまうなど、見慣れない車、見慣れない服装の存在で、従業員に疑念を抱かせてしまう。
4-3.感情的・立場上・偶然
①家族や友人へ相談
【対策】家族が経営陣になっている場合ではないかぎり、家族が悪意なく他人に話してしまう可能性も考えて、家族にも伏せておくのが望ましい。
②役員や幹部への気遣い
【対策】役員・幹部への開示は「役職」ではなく「役割」に基づき、知る必要のある人だけに限定します。
③行政や銀行などの照会や問い合わせなどの電話やり取り
【対策】行政や金融機関は担当者の直通連絡を使い、折り返し先は個人携帯に限定します。
会社代表番号への折り返しは避け、問い合わせ内容が第三者に伝わらないようにします。
5.M&A allでお願いしているルール
M&A allでは情報の共有について以下の通りのルールを基準としてお願いしております。
・社員・スタッフ・取引先
原則クロージングまで非開示。
・元代表・会長(株主でない場合)
クロージング後まで非開示。
・経理スタッフ(監査資料回収時)
「買収の監査」とは伝えず、通常業務の協力依頼として対応。
・監査中のキーマン面談
買収の話は伏せ、業務インタビューとして実施。
※やむを得ず開示する場合は、事前にコンサルタントと開示方法を調整。
・家族
基本的にクロージングまで非開示。
・取締役
必要最小限の人に限定して開示。取締役会決議時に開示するが、事前に機密保持と情報漏洩リスクを説明。
・主要取引先
最終合意契約締結後、クロージング進行中に大型取引先のみ通知し、継続取引契約を同時に締結。
・その他の取引先
クロージング後に開示。
【例外】事業譲渡(社員移籍あり)の場合開示
・前日:キーマンに限定開示、守秘を約束。
・契約締結直後:社員総会で全社員に開示。
・その後:移籍同意を取得。契約条件(例:90%移籍OK)を満たすか確認。
・条件充足後:クロージングへ。
情報管理を徹底し、慎重に進めるようにします。
6.まとめ
M&Aを検討する経営者にとって最も重要な課題の一つが「情報共有」です。
不安から周囲に相談したくなる気持ちは理解できますが、過剰な情報共有は時として企業価値を下げ、M&A破談のリスクを招く可能性があります。
適切な情報共有とは「必要な情報を、必要な相手に、必要なタイミングで、必要な範囲で開示すること」が重要です。
そのためには、情報共有は段階的に行います。
<段階的な情報共有戦略>
・初期段階:経営者と限られた幹部のみ
・仲介会社選定後:秘密保持契約を結んだ専門家や担当部署
・基本合意後:デューデリジェンス対応担当者
・クロージング完了後:従業員や関係各所に発表
情報漏洩を防止するために、特に注意すべき相手は社内従業員、取引先、家族・友人です。また、うっかりミス(誤送信、資料置き忘れ)や面談時の配慮不足も情報漏洩の原因となります。
M&A成功の鍵は、感情に左右されない冷静な情報管理にあります。M&A仲介コンサルタントと連携しながら、段階的かつ慎重な情報開示を心がけることが重要です。
執筆者 経営支援・WEBコンサル・WEBコンテンツライター 白河 真琴
中小企業の経営のサポートの経験を活かしながらコンテンツライターとして活動中。
自身の会社のM&Aの経験から企業法務やM&A関連の執筆を中心に行っています。
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