黒字・安定経営でも破談する買い手の本音とは?
~実態が見えない「水面下のリスク」を探る~
黒字・安定経営でも破談する買い手の本音とは? ~実態が見えない「水面下のリスク」を探る~
はじめに
「黒字なら売れる」は半分だけ正しい
中小企業M&Aの相談現場で、ほぼ必ずと言っていいほど聞く言葉があります。
「うちは毎期黒字です」
「売上も利益も安定しています」
「業界的にもニッチで、競合も少ないです」
売り手としては当然の主張ですし、実際、赤字企業と比べれば、圧倒的にスタートラインは有利です。
数字が良い会社は、買い手の関心を引きやすいのも事実です。
初回の打診段階では、条件面でも前向きな反応が返ってくることが多いでしょう。
しかし、実際のM&Aの現場では「黒字・安定経営なのに、なぜか最後まで行かない案件」を何度も目にすることもあります。
初回面談では好感触で、トップ面談も問題なし、条件感も大きなズレはない。
それなのに、デューデリジェンス(DD)に入った途端に雲行きが怪しくなり、やがて買い手からこう言われるのです。
「今回は見送らせてください」
買い手はいったい、目に見えない何が見えているのでしょうか。
買い手が語らない「本当の理由」
理由を聞いても、はっきりした欠陥は指摘されない。お茶を濁される場合が多いのです。
「総合的な判断です」
「現時点では優先度が下がりました」
「社内の事情で、今回は難しくなりました」
売り手からすると、「何が悪かったのか分からない」という状態で終わります。
しかも、複数の買い手候補に同じことが繰り返されると、売り手は自信を失い、M&A自体を諦めてしまうケースさえあります。
しかし、買い手側の本音を丁寧に紐解くと、そこには共通するパターンがあります。
それが、帳簿や決算書には表れない「水面下のリスク」です。
買い手が見ているのは、過去の確定した利益ではありません。
「この会社は、買った後も、余計なトラブルを抱えずに安心して利益を生み続けられるのか」その一点です。
買い手が立ち止まる代表的な5つのケース
本記事では、黒字・安定経営にもかかわらず、買い手が立ち止まる代表的な5つのケースについて、実際にあった具体事例、DD現場でのやりとり、買い手の本音を交えながら、徹底的に掘り下げていきます。
M&Aを検討している売り手経営者の方々にとって、「見えないリスク」を事前に知り、対処することで、成約率と条件の最大化につなげていただければ幸いです。
1. 専門家との顧問契約の範囲はどこまで?
~会社のリスクのチェック機能の欠如が地雷となる~

1-1. 「顧問がいる=安心」ではない現実
多くの中小企業では、税理士・社労士・弁護士といった専門家と何らかの顧問契約を結んでいます。
しかし、その契約内容はさまざまです。
出費を惜しむあまり、「最低限の実務だけお願いしている」という場合、潜在的なリスクの指摘や、経営のアドバイスなどを得られていない場合があります。
これは、特に創業社長が「自分で何でもできる」と考えているケースに多く見られます。
売り手としては、「ちゃんと専門家もついています」と、安心材料として提示することが多いポイントです。
ところが、DDが進むにつれて、「専門家はいるが、会社をチェックする機能は存在しない」ということが、買い手の目にはリスクとして映ってしまうのです。
そして、大きな懸念材料となります。
<事例>「社内でできることは社内でやる」
ある創業30年の製造業の会社での実例です。
社長は「コスト意識が高い」ことを誇りにしており、専門家への支払いも必要最小限に抑えていました。
【税理士】
• 簿記の資格もない社内の経理担当が経理ソフトに入力したデータを、税理士が毎月まとめてチェック(ただし、請求漏れなど、チェックしきれない項目もある)
• 税務上のリスク指摘や改善提案などはなし
• 業務範囲が限定的なため月次顧問料は相場の半額程度
【社会保険労務士】
• 労働保険の手続き、就業規則や雇用契約書などを作ることだけをお願いしている
• 労務上のリスクの指摘や改善提案はなし
• 労働関連の助成金などの情報は来ない
• 年に数回しか連絡を取らない
【弁護士】
• 顧問弁護士はいるが、ほとんどのトラブルは社内で処理している
• 多くの契約書のチェックは社長が自分で行う
• 年間の相談回数は1〜2回程度
という状況でした。
その結果、DDの過程で後になって以下のような問題が次々と発覚しました。
• 請求漏れ(年間で数百万円規模)
• 経理ソフト入力ミス(入力漏れ、桁違い、勘定科目の誤りが常態化)
• 退職金引当金が現実と乖離している。(長年に渡り、退職者が出ても引当金を変更しなかったため)
• 残業代の計算ミスや固定残業代の運用が不適切
• 社会保険料の徴収金額ミス(従業員への説明も不十分)
• 小さなトラブルを社内で解決しようとした結果、騒動が大きくなり裁判へ発展したケース
これらの問題は、いずれも専門家が適切に関与していれば未然に防げたか、早期に発見できたはずのものでした。
1-2. 社内体制がさらに不安を増幅させる
経理担当者が短期間でコロコロと変わるケースがあります。
さらに、
• 前任者の引き継ぎ資料は特にない
• 会計処理の理由が「前からそうしている」
• 最終判断はすべて社長
• マニュアルや業務フロー図が存在しない
• 経理の専門知識を持つ人材がいない
こうした体制の会社は売り手からすれば、「小さな会社では普通」かもしれません。
人件費を抑えるために、経理未経験者を採用し、OJTで育てるというやり方は、中小企業では珍しくありません。
しかし、買い手の視点では全く違います。
【買い手の本音】
「資料やマニュアルもないまま口頭で何度も引き継がれている間に事実がねじ曲がっているのでは?」
「引き継ぎもれなど放置されているのでは?」
実際、このケースでは、DDを担当した会計士から「経理プロセスの信頼性に重大な懸念がある」という指摘がなされ、買い手は最終的に撤退しました。
1-3. なぜ買い手はここまで警戒するのか
理由は単純です。
「今まで問題が起きていない」と「問題がない」は全く違うからです。
例えば、以下のようなリスクは、買収後に突然表面化する可能性があります。
• 未払い残業代:過去2年分の遡及請求で数百万〜数千万円の支払いが発生
• 社会保険の適用漏れ:パート・アルバイトの加入要件見落とし
• 税務調査での否認:節税スキームが否認され、追徴課税と延滞税が発生
• 契約書の不備:取引先との契約内容が曖昧で、トラブル時に不利な立場に
• 知的財産権の侵害:商標登録や特許調査が不十分で、訴訟リスクが潜在
これらは、買い手にとっては「地雷を抱えたまま引き継ぐ」ことに等しいのです。
だからこそ、チェック機能が機能していない会社は、それだけで大きな減点対象になります。
さらに問題なのは、これらのリスクが顕在化した場合、買収後の経営計画が大きく狂う可能性があることです。
想定外のコストが発生すれば、投資回収計画も見直しを余儀なくされます。
2. 「係争中」という不確実性の壁
~勝ち負けだけでない「終わりが見えない」ことが致命傷~

2-1. 「訴えている側だから大丈夫」という誤解
M&Aの相談時に、売り手から時折こう言われます。
「実は訴訟中ですが、こちらが原告です」
「勝てる見込みは高いです」
「顧問弁護士も問題ないと言っています」
売り手の心理としては、「被告ではないのだから、買い手も安心するだろう」という期待があるのでしょう。
むしろ、「勝訴すれば賠償金が入るのでプラス材料」とさえ考えているケースもあります。
しかし、買い手の反応はほぼ一様です。
【買い手の本音】
「それ、いつ終わりますか?」
「その訴訟、本当に勝てるんですか?」
2-2. 原告側でもリスクは消えない
たとえば、以下のような訴訟を抱えているケースがあります。
• 元従業員への損害賠償請求(機密情報の持ち出し、競業避止義務違反など)
• 取引先への未回収債権請求(売掛金の回収不能、契約不履行など)
• 事故やトラブルの損害賠償請求(製品事故、納品遅延など)
売り手にとっては、「回収できればプラス」という感覚でしょう。
もはや、賠償金額がすでに手元に入ったかのような錯覚に陥ることもあります。
決算書の注記に「訴訟による回収見込み額」を計上しているケースさえあります。
しかし買い手から見ると、以下のような不確定要素の塊です。
• 反訴される可能性:原告として訴えたつもりが、逆に訴え返される
• 和解による減額:満額回収できるとは限らない
• 長期化による弁護士費用増大:数年かかれば費用が膨らむ
• メディア露出や評判リスク:業界内で悪い噂が広がる可能性
• 勝訴しても回収不能:被告側の倒産、破産、死亡により支払いがなされないリスク
• 経営者の時間的コスト:訴訟対応に経営リソースが割かれる
<事例>取引先との売掛金回収訴訟が長期化したケース
ある卸売業の会社では、大口取引先の倒産により約3,000万円の売掛金が回収不能となり、破産管財人に対して債権回収訴訟を提起していました。
売り手社長は「弁護士から勝てると言われている」と自信満々でしたが、DDの段階で以下の事実が判明しました。
• 訴訟開始から既に2年が経過
• 相手方の資産状況が不透明で、回収見込み額が不明
• 訴訟費用が既に500万円を超えている
• 社長が月に数回、裁判所や弁護士事務所に通っている
• 長期化原因で、「あの会社は裁判中」という噂が広まった
買い手候補の担当者は、この状況を見て「訴訟が終わるまで待ちたい」と伝えてきました。結局、訴訟は和解で終結しましたが、回収額は1,200万円(元本の4割)にとどまり、M&Aの話は立ち消えになりました。
2-3. DDでは「評価不能」になる
DDの役割は、将来のキャッシュフローを予測することです。ところが係争中案件は、以下の理由から評価が困難です。
• 損益が確定しない
• 時期が読めない
• 最悪シナリオの想定幅が広い
• 経営者の心理的負担が数値化できない
その結果、DDレポートにはこう書かれます。
「影響額を合理的に算定することが困難」
この一文が入った瞬間、案件は一気に冷え込みます。
なぜなら、買い手の経営陣や投資委員会に対して、「このリスクは許容範囲内です」と説明できなくなるからです。
【買い手の本音】
「悪くはない。でも、今じゃない」
つまり、裁判が終わり、判決が出て、賠償金額の振り込みが行われた後、ということになります。係争案件がある限り、M&Aは「待ち」の状態になるのです。
3. 「節税前提」の利益構造
~本当の利益はどこまで?~

3-1. 中小企業にありがちな”節税の積み重ね”
多くの中小企業では、税理士のアドバイスのもと、以下のような節税策を講じています。
• 役員報酬を毎年調整(利益が出そうな年は増額、厳しい年は減額)
• 会社名義の高級車(実質は社長の私用車)
• 実質私用の生命保険(役員退職金の原資として積立)
• 家族への給与・外注費(実際の業務量に見合わない金額)
• 社宅制度の活用(社長の自宅を社宅扱い)
• 出張手当の支給(実費以上の金額を非課税で支給)
売り手としては、「税理士と相談して合法的にやっている」という認識でしょう。
実際、税務調査でも指摘されていなければ、問題ないと考えるのは自然です。
3-2. 買い手が感じる違和感
DDでこれらが明らかになると、買い手はこう考えます。
【買い手の本音】
「この会社、本当はいくら稼げているんだ?」
「オーナーがいなくなったら、利益はどうなる?」
買い手は、以下のような「再現性のある利益」を知りたいのです。
• オーナー依存を排除した利益
• 通常の経営体制で継続的に生み出せる利益
• 一時的な節税策を除いた実態利益
3-3. 実態利益を算出する”見えないコスト”
節税項目が多いほど、以下のような作業が発生します。
• どこまで戻すかの議論:役員報酬や生命保険料をどこまで正常化すべきか
• 継続・非継続の線引き:買収後も継続する費用と、一時的な費用の区別
• 税務リスクの精査:過度な節税策が税務否認されるリスクの評価
• 事業計画の見直し:実態利益ベースでの収益性再評価
この「考える手間」そのものが、買い手の熱量を削いでいきます。
【買い手の本音】
「ここまで複雑だと、別の案件に行きたい」
<事例>節税が複雑化した建設業のケース
ある建設会社では、創業社長が30年かけて「節税の仕組み」を作り上げていました。
• 社長の役員報酬:月額200万円(業界平均の2倍)
• 社長名義の高級車3台:すべて会社のリース契約
• 生命保険:年間保険料1,500万円(全額損金算入タイプ)
• 社長の妻と長男:それぞれ月額50万円の役員報酬(実質的な業務はほぼなし)
• 社長の自宅:社宅扱いで家賃月額30万円を会社が負担
• 社長の海外旅行:視察名目で年間300万円を経費計上
決算書上の経常利益は年間1,000万円程度でしたが、これらを正常化すると、実態利益は4,000万円を超えることが判明しました。
しかし、買い手候補は以下の点を懸念しました。
「生命保険を解約すると、解約返戻金が益金算入されて多額の税金が発生する」
「役員報酬を下げると、社長のモチベーションが下がるのでは?」
「これらの調整をすべて織り込んだ事業計画を作るのに、時間がかかりすぎる」
結局、買い手は「実態把握に時間がかかりすぎる」という理由で撤退しました。
3-4. コンプライアンス意識への疑念
さらに問題なのは、公私混同が常態化している会社は、経営姿勢そのものを疑われる点です。
特に、以下のような買い手は、この点を極端に嫌います。
• 上場企業:コンプライアンス基準が厳格で、グレーゾーンを許容しない
• PEファンド:将来的なIPOやセカンダリーを見据え、クリーンな経営を求める
• 海外資本:日本特有の「節税文化」を理解せず、不正と誤解する可能性
買い手にとっては、「この会社は、将来的に上場企業の子会社として運営できるか?」という視点が重要なのです。
4. 売り手自身の「売却覚悟」が本当にあるのか?
~迷いは、必ず相手に伝わる~
4-1. 行動に滲み出る「本音」
M&Aは、数字の取引であると同時に、人の決断の物語です。
売り手の迷いは、言葉よりも行動に現れます。
以下のような兆候は、買い手に「この社長、本当に売る気があるのか?」という疑念を抱かせます。
• 「今忙しいから」と資料提出が一か月後
• 「やはりこうしたい」など、話が二転三転する
• 条件が後から追加される
• トップ面談をなかなか設定しない
• DDの質問に対する回答が曖昧
• 「もう少し考えたい」と決断を先延ばしにする
こうした状況下では、買い手は、「売り手経営者は売る覚悟ができていないのでは?」「周りに影響力が強い反対者がいるのでは」
と感じてしまいます。
<事例>ある製造工場のケース
ある金属加工業の会社では、社長が「後継者がいないので売却したい」と相談に来ました。初回面談では熱心で、「早く決めたい」と話していました。
しかし、DDも終盤になったころ、次々に新たな要望が出てきました。
「やっぱり、この不動産は残したい」
「繁忙期なので、資料提出は一か月くらい先になる」
「売却金額はもう少し高くしてほしい」
「私も引退後に顧問として関わりたい」
条件としては理解できる話です。しかしタイミングが致命的でした。
DDが進み、買い手が時間とコストをかけた後での条件変更は、信頼を大きく損ないます。
【買い手の本音】
「次は何が出てくるんだろう…」
「この社長、本当は売りたくないのでは?」
4-2. なぜ売却覚悟が揺らぐのか
売り手の迷いには、いくつかの典型的なパターンがあります。
パターン1:「会社への愛着」
創業社長にとって、会社は自分の分身のようなものです。いざ手放すとなると、感情が揺れ動くのは自然なことです。
パターン2:「従業員への責任感」
長年一緒に働いてきた従業員を裏切るような気持ちになり、売却を躊躇してしまう。
パターン3:「もっと高く売れるのでは」
M&Aの相場観がないため、「もう少し待てば、もっと良い条件が出るのでは」と考えてしまう。
パターン4:「引退後の不安」
会社を売却した後の人生設計が描けず、決断を先延ばしにしてしまう。
これらの迷いは、人間として当然の感情です。しかし、買い手にとっては、「リスク」としか映りません。
4-3. 買い手は戦わない、去る
多くの買い手は、感情的な交渉はしません。理由は明確です。
• 案件は他にもある
• 時間とDDコストは有限
• 人的リスクは避けたい
• 交渉が長引くほど、社内の承認が難しくなる
結果、何も言わずに撤退します。買い手は「この案件は難しそうだ」と判断すれば、静かに次の案件に移るだけです。
売り手が「まだ交渉の余地がある」と思っている間に、買い手はすでに次の候補先との面談を始めているのです。
5. 未来を脅かす「グレー運用」の存在
~「今までは問題なかった」が最も危険~
5-1. 「業界の慣行」という魔法の言葉
DDでよく聞く説明があります。
「この業界では普通です」
「今まで指摘されたことはありません」
「同業他社もみんなやっています」
売り手としては、業界の常識を説明しているつもりです。
しかし、これは買い手にとって最悪の説明です。
【買い手の本音】
「まだ発覚していないだけでは?」
「いつか問題になるのでは?」
5-2. グレー運用の具体例
以下のような運用は、「業界慣行」として黙認されているケースがあります。
●●建設業:
• 一人親方を実質的な従業員として扱い、社会保険加入義務を回避
• 安全管理の簡略化(法定の安全設備を省略)
●●運送業:
• ドライバーの労働時間管理の不徹底
• 点呼記録の形式的な作成
●●飲食業:
• アルバイトの労働時間管理の曖昧さ
• 食品衛生管理の記録の不備
●●製造業:
• 廃棄物処理の記録管理の不徹底
• 環境規制への対応の遅れ
●●建物を所有する会社:
• 行政の定期点検の「要是正」放置
(建築士が定期点検は行うが行政は立ち入り検査を行わないためそのまま放置してしまうケース)
これらは、「今のところ行政指導を受けていない」というだけで、法令遵守の観点からは問題があります。
5-3. 規制変更は突然やってくる
重要なのは、規制環境は常に変化しているということです。
• 行政解釈の変更:突然、今までOKだったことがNGになる
• 法改正:新しい法律が施行され、対応コストが発生
• 指導方針の転換:行政の取り締まりが厳しくなる
• 業界団体の自主規制強化:業界全体でコンプライアンス意識が高まる
買い手は、自分がオーナーになった瞬間に、そのリスクを丸ごと引き受けるのです。
<事例>運送業でのグレー運用
ある地方の運送会社では、長年「業界慣行」として以下の運用をしていました。
• ドライバーの拘束時間が法定基準を超えている
• 点呼記録を形式的に作成(実際には点呼を実施していない日もある)
• デジタコの記録を一部改ざん
• 車両の定期点検記録を後から作成
社長は「同業他社もみんなやっている。行政検査でも指摘されたことがない」と説明しました。
しかし、DDを担当した弁護士から以下の指摘がなされました。
「運送業界では、法令遵守の徹底が強化されています。今後、行政処分のリスクが高まる可能性があります」
「万が一、重大事故が発生した場合、これらの記録が証拠として問題視されます」
「買収後に労働基準監督署の監査が入れば、多額の是正コストが発生します」
買い手候補は、「リスクが大きすぎる」として撤退しました。
5-5. 買い手が見ているのは「将来」
重要なのは、現時点で合法かどうかではありません。買い手が見ているのは、以下の点です。
• 5年後も10年後も続けられるか
• 上場企業基準でも耐えられるか
• 将来的な法改正に対応できるか
• 社会的な批判に耐えられるか
【買い手の本音】
「この会社、クリーンではないのですね?」
「将来的に大きな問題になるリスクがある」
グレー運用は、短期的には会社のコスト削減につながるかもしれません。
しかし、M&Aの場面では、大きなマイナス要因となります。
まとめ
水面下のリスクは「準備」で消せる
「毎期黒字」「売上安定」という事実は、確かにM&Aのスタートラインとしては重要ですがそれだけでは不十分です。
買い手が本当に知りたいのは、「この会社は、買収後も安心して利益を生み続けられるか」という点なのです。
本記事で取り上げた5つのケースは、いずれも「水面下のリスク」として、買い手の警戒心を強く刺激します。
- 専門家が機能していない:将来的な問題の予兆
- 係争案件の存在:不確実性が高すぎる
- 節税で歪んだ利益:実態が見えない
- 売却覚悟の不安定さ:交渉の信頼性への疑問
- グレー運用:将来的な法的リスク
これらのリスクは、決算書には現れません。しかし、DDの過程で必ず露呈します。そして、買い手は「リスクが高すぎる」と判断すれば、静かに撤退するのです。
事前準備が成約率と条件を左右する
重要なのは、これらのリスクは事前に対処可能だということです。
対処法1:専門家を「リスクの番人」として機能させる
対処法2:係争案件を整理する
対処法3:利益構造をシンプルにする
対処法4:売却覚悟を言語化する
対処法5:グレーをクリーンに変える
M&Aは「整えてから迎えるもの」
これらの準備を行えば、買い手の「立ち止まり」は大きく減ります。そしてそれは、成約率だけでなく、価格と条件の最大化にも確実につながります。
M&Aは、「売りに出してから考えるもの」ではなく、「整えてから迎えるもの」です。
売却を検討し始めたら、まずは自社の「水面下のリスク」を洗い出すことから始めてください。専門家の力を借りながら、一つひとつ丁寧に対処していくことで、買い手にとって「安心して買える会社」に近づいていきます。
黒字・安定経営という土台があるからこそ、事前準備の効果は大きく現れます。
時間をかけて準備を進めることで、より良い条件でのM&A成約を実現できるのです。
最後に、
もう一度強調します。買い手が見ているのは「過去の利益」ではなく、「将来の安心」です。その安心を提供できる会社こそが、M&A市場で選ばれる会社なのです。
執筆者 経営支援・WEBコンサル・WEBコンテンツライター 白河 真琴
中小企業の経営のサポートの経験を活かしながらコンテンツライターとして活動中。
自身の会社のM&Aの経験から企業法務やM&A関連の執筆を中心に行っています。
業界特化のM&A 「エム アンド エー オール」