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M&A一般 2025.9.4 配信

複数の買い手から意向表明が届いたら? ~独占交渉先の決め方と注意点~

複数の買い手から意向表明が届いたら? ~独占交渉先の決め方と注意点~

はじめに


M&Aで株式譲渡を行う際に、仲介業者に買い手企業を探してもらうと、ありがたいことに複数の買い手候補が名乗りを上げてくれるケースがあります。

M&Aの交渉は専門的なプロセスを経て行われ、時に長期化しやすく、途中で交渉が破綻した場合、その後また複数社との交渉を進めることになり、大きな労力、時間、費用を費やすことも少なくありません。

売り手側の経営者の中にはその疲労で体調を崩す場合もあるといいます。

そのため、交渉を円滑に進めることが望まれ、それには複数の候補企業がある場合はいかに適切に買い手候補を選ぶかがポイントとなります。

買い手候補を選ぶ際、業種や資金力に目を向けるのは当然のことですが、それ以上に大切なのは買い手企業の「本気度」に目を向けることです。

本記事では、複数の買い手候補がいる場合に、何に着目して選別すべきか、その重要な視点をA社の失敗事例を参考にご紹介いたします。

複数の意向表明書を受け取ったA社の事例


A社は初めてのM&Aで株式譲渡を検討。まずは、仲介業者にノンネーム概要書を作成してもらったところ、ノンネームにて検討したいという買い手候補8社が名乗りを上げてくれました。

この時、A社の社長は、「正直なところ、なんだ、意外と簡単に見つかるものだ。」と思っていました。

その後、一定期間の質疑応答の文書のやりとりを経て、それぞれ別の日に買い手候補5社とトップ面談を行うことになります。
A社側は代表取締役社長と常務取締役の2人が参加しました。

 

━ 買い手候補の条件は何を基準に選べばいいのか? ━

買い手候補は、業種、会社規模・資本金・上場/非上場・企業文化・参加者の肩書など、さまざまな違いがあり、この時点ではA社社長は「検討するのも結構わくわくしますね」と余裕の感想を述べていました。

流れとしては、トップ面談後、買い手候補は一定の検討期間の後、意向表明書(※1)をA社に提出することになります。

 

※1 意向表明書(LOI・Letter of Intent)とは、M&Aなどの取引において、買い手側候補が売り手に対して、買収の意向や基本的な条件を示す書面のこと。

 

多くの場合、売り手は1社に独占交渉権を付与し、デューデリジェンス(買収監査)に進むこととなります。
意向表明書を受け取ったA社はどの会社と独占交渉を行うかを早急に判断することになります。
とは言え、何を基準に将来を託すかもしれない会社を選べばいいのか皆目見当がつきません。

トップ面談で感じた魅力と見落としがちな落とし穴


実は面談を行った5社の中にダントツ気に入った会社がありました。

B社とは、トップ面談に至る前までにすでに仲介業者を通じて何度も質疑応答を繰り返し、その反応も上々でした。

企業文化や業務システム、そして社員の年齢層もA社と非常に近く、担当者の熱意も高く、面談の際には、お互い統合後のイメージまで話が進み、相性が良いと感じられました。

B社の担当者とは事業の将来について熱く語り合い、もはやA社の気持ちの上では「婚約者」のような気分になっていました。

A社は「この会社なら成約までスムーズに進みそう」という印象を抱き、B社を強く志向するようになります。

もはや、B社以外考えられなくなり、B社との統合後の未来図ばかり描いていました。
そして、その感情は、仲介業者にも伝わっているとばかり思っていました。

 

━ 木を見て森を見ず ━

ところが、予想に反して、仲介業者は、B社を最有力候補とすることについて慎重な姿勢を示していました。

仲介業者より「木を見て森を見ず」という状態になっているとの指摘を受けました。つまり、A社がB社の目先の条件にばかり気を取られて、広い範囲で見ていない可能性があるということでした。

 

A社社長はこの時、内心では仲介業者に不信感を抱きました。
「こんな好条件の会社を否定するのはありえない。」と。

 

仲介業者が慎重になった理由は、M&Aの最終判断に必要な「意思決定権者の存在」「資金の裏付け」「親会社の関与可能性」など、成約に直結する要素が不明確だったためです。

 

資金の裏付けというのは、株式を譲り受けるための資金のことです。
B社の場合「半分は銀行から借り入れる」ということはあらかじめ聞いていたものの、本当に借り入れができるのか?クロージングの段階になって銀行の与信が下りないということはないのか?などが不明確でした。

 

面談での「相性の良さ」や「面談担当者の好印象」は大切ですが、独占交渉の相手を決める際は、買い手候補の社内内部の意思決定プロセスや資金調達の確実性など、よりハードな条件を優先する必要があります。

ここを取り違えると、時間をかけたにもかかわらず破談となり、他の候補との関係まで損なうリスクがあります。

B社がまさかの辞退。その経緯と主な理由


A社はB社への期待が高まり、他社の精査を手薄にしていました。

そのような中、B社がA社買収について上層部を説得するのに日数を要するとの理由から、その事情に合わせて意向表明の提出期限を5日間延期することになりました。

すでに他の4社は意向表明書は提出済みであり、4社は独占交渉権付与の知らせを心待ちにしていたはずです。

 

結果として、この延期は独占交渉権付与決定日をも遅らせることとなり、他社に不信感を与えてしまいました。

そこまでしてB社との独占交渉を切望して、ようやく5日後にB社より意向表明書が提出されたため、当然、B社へ独占交渉権を付与し、基本合意契約を締結するものと思っていました。

 

しかし、驚いたことに、基本合意契約の締結寸前にB社より辞退の連絡が入ります。
A社にとっては晴天の霹靂、その徒労感は半端ないものでした。

 

仲介業者の説明によれば、主な理由は次のとおりです。

 

1.面談担当者レベルでは高評価であったが、いったんは同意を得た上層部が親会社とも再検討を行った結果、不同意となった。
2.立地の関係で、B社からの人員派遣が難しかった。
3.統合後の設備投資が想定より大きくなる可能性があり、設備投資資金が回収しきれるのか不透明であること。

 

特に本件では1が決定打でした。トップ面談に参加したのは課長クラスで、決裁権限がありませんでした。

面談内容を社内で上申し、上層部の説得を試みたものの最終的には上層部、さらには親会社の承認に至らず、辞退することなったようです。

仲介業者が懸念していたとおり、トップ面談における意思決定権者の不在がリスクとして顕在化した格好となりました。

仲介業者のアドバイス ─ 買い手選別のポイント ─


複数の買い手候補がいる場合、独占交渉先を絞るためには「買い手の適切な選別」が極めて重要です。
M&Aの現場では買い手の「本気度」を見抜くことがスムーズに成約へつながります。

 

仲介業者は、次の観点を優先順位として示しました。

 

4-1.株式譲り受け資金の出どころ

自己資金で全額を拠出 > 一部銀行借入 > 全額銀行借入 の順で優先。
理由:銀行借入依存度が高いほど、金融機関の与信判断に左右され、買い手が前向きでも融資を受けられないことが原因で破談となるリスクが高まります。株式譲渡の確実性を高めるには、自己資金比率の高い買い手が安全です。

 

4-2.トップ面談の参加者に決裁権があるか

決裁権者(代表取締役や会社オーナー)が面談に参加しているかを重視。
理由:決裁権のない担当者経由である場合、伝達の過程で熱意やニュアンスが薄まり、社内合意が長引いた末に否決される場合があります。
意思決定が速い企業ほど、交渉はスムーズに進みます。

 

4-3.親会社の存在と影響度

買い手に親会社がある場合(時には複数の親会社がある場合がある)、その賛同が不可欠となる可能性があります。
親会社の影響が強いと、途中で方針が変わり破談となる恐れがあります。親会社がない、あるいは親会社の関与が限定的な企業の方が、意思決定は安定しやすいです。

 

4-4.上場企業か非上場企業か

上場企業はガバナンス上の要請から審査が慎重になり、意思決定に時間を要する傾向があります。
一方で資金力・信用力の面ではメリットが大きく、条件次第では有力候補になり得ます。スピード重視か、規模・信用重視かで評価軸を調整します。

 

4-5.連絡の頻度と質問の質・量

どの企業もトップ面談で無駄足とならないために、あらかじめ必要な簡易調査は行っておきたいと考えます。
面談前後の電話・メールの頻度、質問の深さは「本気度」の目安になります。
積極的なコミュニケーションは社内検討が進んでいるサインで、デューデリジェンスでも前向きに臨む可能性が高いといえます。

 

4-6. M&Aでの買収経験があるか?その買収理由が明確かつ詳細であるか?

買い手企業の買収経験の有無は重要な判断材料の一つとなります。
経験がある場合、交渉過程やPMI(統合作業)におけるポイントとリスクをよく把握し、それに対する適切な対応も心得ていることが多いことから、成約率も上がります。
さらに、例えば、「事業拡大によるシナジー効果を狙う」など、買収理由が具体的であるかどうかが意思決定の速さにも反映されます。

 

4-7. 提示された譲渡金額は買い手候補の会社の実情にも関係がある

M&Aにおける譲渡金額は、単に売り手企業の価値だけでなく、買い手候補の会社の実情にも大きく左右されます。
買い手の資金力、成長戦略、シナジーの想定の程度により、譲渡評価額は変動し、買い手によって提示額が異なるのが一般的です。
そのため、買い手候補企業の状況の把握、さらには、該当する譲渡評価額に至った詳細な理由をヒアリングすることも重要です。

 

※なお、候補が1社しかいない場合は、躊躇せず早期に交渉を進めることが推奨されます。選別の基準は複数候補が存在する局面でこそ威力を発揮します。

スケジュール管理と他社への配慮の重要性


今回の事例では、B社の提出期限/独占交渉権の付与決定日をA社が5日延長したことが、他社の不信につながりました。

M&Aはスケジュールの正確性と公平性が信頼の土台です。
特定の候補に肩入れして日程を変えると、他社は「優先順位が低い」と受け取り、交渉姿勢が消極的になる可能性があります。

独占交渉の相手を決めるまでの間は、候補各社に対して一貫した進行管理と透明なコミュニケーションを保つことが重要です。

期日遵守、情報提供の公平性、意思決定のプロセス共有など、基本動作の徹底が、結果としてベストな買い手と出会う近道になります。

A社のその後 ─ 適切な買い手の選別で成約へ ─


仲介業者の助言を退け、相性がよかった買い手候補に「ドタキャン」されてしまったA社。

B社への過度な依存を反省し、仲介業者の助言をよくかみしめてその後の交渉に臨みました。

 

この時の4社とはすべて基本合意につながりませんでした。
それからは多くの買い手候補と出会いましたが、その中で、F社と独占交渉に進むことになります。

F社は同業種であり、100%株主である代表取締役が自らトップ面談に参加し、自社の事業についての熱い思いを語ってくれました。

潤沢な資金を保有し、全額自己資金で株式を譲り受けたいということで、デューデリジェンスを行います。

 

ここからは紆余曲折がありましたが、最終的にM&Aは成功し、株式譲渡が無事完了しました。

 

もちろん、デューデリジェンスではさまざまな問題が勃発することもありますが、両社とも本気度の高い会社同志の場合、その問題も、破綻に向けてではなく、交渉成立に向けて解決する方向に向かうケースが多いのです。

相性や印象だけでなく、意思決定と資金の確度を見極める重要性が、具体的な成果として裏づけられた事例といえます。

M&A初心者が押さえる実務のコツ


買い手候補が複数の場合、「意思決定権者」と「資金の裏付け」に目を向けること。

 

●トップ面談の参加者が決裁権者かどうかを見極めます。(出席者の肩書を事前確認)。
●買い手候補の資金調達計画(自己資金・借入の内訳)を早期にヒアリングします。
●親会社の有無と関与度、社内承認フローの段階(誰の決裁が必要か)を確認します。
●上場/非上場の特性を理解し、スピードと確実性のバランスを取ります。

 

さらに、全候補に対して公平な情報提供と進行管理を徹底し、信頼を損なわないようにします。

まとめ ─ M&Aにおける独占交渉先の適切な選び方 ─


今回の事例は、M&Aにおける株式譲渡で複数の意向表明が集まった際の買い手選別における要点を示しています。

 

具体的には、自己資金比率の高さ、決裁権者の関与、親会社の影響度、上場/非上場の特性、コミュニケーションの密度といった観点が、独占交渉から成約までの確実性を大きく左右します。

A社は当初B社に傾注してしまったあげく、B社に辞退されてしまいました。

しかし、その後に仲介業者のアドバイスを受け、基準を明確化し、決裁権と資金の裏付けが強い企業を選んだことで、交渉は円滑に進み、M&Aは無事に成立しました。

 

つまり、独占交渉の相手は「印象の良さ」ではなく、「意思決定の確度」と「資金の確実性」で選ぶことが肝要です。

 

複数候補の中からの適切な買い手の選別は、M&A全体のスケジュール、他候補との関係、最終契約の確度を左右します。

仲介業者の助言を活かしながら、冷静に判断を積み重ねることが、最短距離でのM&A成功につながります。

執筆者 経営支援・WEBコンサル・WEBコンテンツライター 白河 真琴

中小企業の経営のサポートの経験を活かしながらコンテンツライターとして活動中。
自身の会社のM&Aの経験から企業法務やM&A関連の執筆を中心に行っています。